Quipperに転職しました


転職しました。

大学院に通っていた期間中、休職扱いにしていただいていたグロービスを9月末に正式に退職し、10月7日からQuipperという会社で働きはじめました。

Quipperにて

結構randomに見えるかも?

休職中、しかも海外在住中のグロービスの退職はなんとなく「遠距離恋愛中の恋人と別れる感じ」と似ていました。お互いを好きでなくなったから別れる、という訳ではなく、その他もろもろの要素を総合的に考えた結果、今は離れたほうがいい気がするという判断で、・・・「If it is meant to be, we shall meet again :-)そんな気持ちでの退職でありました。

退職前と退職後の変化は社内のメールが見えなくなった、同社の株を手放した、くらいで、他はあまり感じられず、個別でつながるべく人達とは引き続き今までと同じように緩くも心温かい関係が続くのであるのだろうなぁ、とのん気に考えています。(証券会社退職の後もそうだったのですが、当時は退職=人間関係のthe ENDだと思い込んでいた若者だったので、退職決意後もハラハラしていたのを覚えています)

ちなみに、今夜、出張中のロンドンで、中高時代の部活の後輩に12年振りに再会しました。カナダの大学に進学した後、日本に帰国しベンチャ-で働いた後、彼女はベネズエラに海外協力青年隊として派遣され、終了後にケニアで国際開発系のコンサルとして働いた後、今年の秋から大学院に進学するために英国オクスフォードに来たばかり、という状況の彼女。

彼女は自分自身の歩いて来た軌跡を「色々バラバラで困っちゃいます」と苦笑していましたが、まあ、そんな事言ったら私も相当バラバラです。別に面接なんていうフォーマルな場所でない、バーの立ち話といった状況下においても「なんでそういう道を選んだの?」とよく聞かれるような人間になってしまいました。

農業を営んでいた福島の祖父母、校長+教師だった東京の祖父母、銀行員+結婚退職するまで銀行で働いていた父母の元という、比較的保守的といえる環境で生まれ育ったはずの自分なのですが、こんなに職場や生活拠点をコロリコロリと変える人間になるとは思ってもいませんでした。人生何が起こるか分かりません。

どこでこういう人間に自分がなってしまったかは分かりませんが、今までの社会人経歴を今回改めて振り返ってみることにしました。「自分が身を置く組織」として、Quipper社は学生のころの短期インターンやアルバイトを入れずに数えると4つ目です。タイトルで興味を持ってこのエントリ-を開いてくださった方は、以下長くなるのでここで読み終えてくださいませ。

今までの軌跡

1社目のゴールドマン・サックス証券株式会社は、東京支店としての営業開始1983年、日本にいる社員数は800人ほど(同社HPによるとこの数字、私が新卒で入社した時はもっと多かった印象だけれども)といった会社で、証券業という業界に属しています。私はそこで日本株式の投資アイディアを調査しているアナリストの上司と先輩のお手伝いをしたり、また営業部への異動後はそのアナリストの方々や投資アイディアそのものを外国人の機関投資家の方々に営業するという仕事をしていました。合計5年無形サービスを創ったり、売ったりするお仕事でした。株って評価価値みたいなものもありますが、美人投票でもあるので(=皆が美人というものが美人として認識される)ビジネスモデルや株式市場の動向理解云々に加え、情報戦や心理戦に関する訓練をされたような気がしています。


2社目のグロービス株式会社は、1992年に堀さんというHBSの卒業生が興した会社です。1社目を退職してから2ヶ月後くらいに存在を知った会社ですが主な事業内容は社会人向け教育(日英のMBAや社会人向け学習機会の提供、企業内研修提供)+出版+VC(ベンチャーキャピタル)となっている会社です。社員はおそらく現在200人強東京、大阪、名古屋、福岡、仙台、上海、シンガポールに拠点があります。ここでは日本企業のリーダー育成、次世代リーダー育成のサービスの顧客企業に合わせたカスタマイズ設計+提案+講師の方々と一緒に提供する、といった仕事をしていました。これも無形サービスをゼロから創って売るお仕事でした。1社目との違いは、売った後に提供したサービス内容の振り返りと「次回に向けたよりbetterな提案」が存在していたということでしょうか。

他人よりも早く、他人の知らない何かを吸収して価値(投資アイディア)に変えねば!というプレッシャー、それに関連して「他人に全部手のうちをみせてはいけない」「信じてはいけない」「他人の言っている事の裏も見透かせるようにならなければいけない」という、極端にいえば「見ているもの、聞こえてくるもの全てをまず疑い、自分で考えろ!」の世界から、「相手の大切にしている価値観やその歴史的背景は何かを汲み取ってみましょう」という世界への急激な変化(相手の考えていることを察する+分析する、は同じなのですが雰囲気が全然違うのです)。「損切り(=足手まといは捨てて行こう、損失を拡大するよりは成長可能性の大きいところに投資することに切り替えよう)」という世界から「人の可能性を信じよう」という世界というシフトもありました。まさに天と地がひっくり返ったような衝撃と混乱が自分の中で起き、一時期は自分は戻るべき人間なのではないかと迷ったり、慣れるのに最初は苦労しました。新卒時代に入った会社のカルチャーが人に与える影響は相当大です。(とはいえゴールドマンの日々なしでは今の自分はないとも思っています)

グロービスに入らなければ、(基本現場大好きな人なので)大学院留学という道はもちろん教育学といったフワリとした学問を選ぶこともなかったと思います。また、留学をしなければ今のように人の学びに関わることを仕事としてしていきたいな、と思うこともなかったと思います。何より「人の可能性を信じよう」とか「自分の向き合っている(自分とは育って来た環境やタイプの異なる)他者に向き合うことの大切さ」などを今程意識することもなかったと思います。


3社目のAcumenは(契約社員扱い)2001年にJacqueline Novogratzという女性(元金融業界、ルワンダでマイクロファイナンスを立ち上げた経験やロックフェラー財団でプログラムを立ち上げ、率いた経験があり、今もHBSのSocial Enterprise InitiativeやアスペンやIDEO.orgのアドバイザリー、WEFのSocial Innovationに関するAgenda Councilメンバーも務める)が立ち上げたNPOで、いわゆるインパクト投資を行っている組織として認識されています。現在職員はおそらく75人前後。拠点はニューヨーク、ロンドン、インド、パキスタン、ドバイ、ナイロビ(ケニア)、ボゴタ(コロンビア)、アクラ(ガーナ)。主な事業内容は「農業」「教育」「エネルギー」「医療」「住居」「水」セクターで、貧困という社会課題に取り組んでいるEarly Stageのビジネスモデル+起業家への投資(資金とリーダー育成)になります。私はここでオンラインの無料リーダー育成(上記イシューに課題意識+学習意識のある世界中の個人、グループ、組織向け)コースのコンテンツ設計・作成のお手伝いをしています。これも無形サービスの創造+提案。グロービスと一緒でiteration(PDCAを回して、次の改善に活かす)が鍵になります。NPOであるということもあり、このサービスの社内投資に対する評価を経済軸(組織への還元という意味で$$)と社会的なインパクト軸で捉える、という考え方を意識する習慣が身に付きました。

で、今回Quipper

で、今回がQuipperです。一応ここも契約社員扱い。これは2010年に渡辺さん(「DeNA共同創業者」として知られている、話題になっていた南場さんの「不格好経営」で「ナベ」として登場されています)がロンドンで起業された会社です。グロービスとAcumenもまだまだベンチャ-スピリットを大切にしている組織ですが、既に業界内での認知度や安定感も出て来ており、「ゼロをどう1にするか」議論よりも「どう1を『ピカピカの1』にし、『かつプラスαを出して行くか』」議論が中心という感じになりつつあります。プラスαの部分を切り出すとたしかに「ゼロを1に」というプロジェクトになるのですが(Acumenのオンラインコースもそうです)、それに比べてQuipperはまさに組織そのものが「ゼロをどう1にするか」という段階です。

Quipperは無形サービスを提供している会社ではなくて(もちろん「学ぶ体験」は無形ではありますがメインは)「モバイル学習プラットフォーム」という有形のモノを提供していく会社です。ここで「モバイル」と書いてありますがベースがスマホ、タブレットというだけで、もちろんウェブにも対応のプラットフォームとなっています。走りながら創って、試して、改善して、をスピーディーにやっているフェーズにいるので、これからもどんどんと変化・進化していくと思います。自分にとって「有形サービス」の創造+提供は初めての体験ですし、「ゼロを1に」のフェーズの企業に身を置くのも初めてです。

30人ほどいる社員の7−8割は「創る」技術ピカピカのデベロッパーさんで、私を含むnon-デベロッパーさん(=「文系」と呼ばれます)は「二級市民」であるという(半分冗談、半分本気)空気があります。一週間いますが、「文系」さんは組織への貢献価値が「プロダクトができあがっている感」のようには伝わりにくいので、色々な意味で頑張らないといけないと感じています。足手まといにならないよう、がんばります。ちなみに別のところに書きますが社内で年代別に「第一世代(35歳以上組)」「第二世代(29くらいから30代前半組)」「第三世代(22くらいから26くらいまで)」と存在しており、刺激的です(特に自分にとっての初の体験となる第三世代との共存)。

(参考)Diamondハーバードビジネスレビュー記事一覧
「DeNA起業に参加したのは南場さんと川田さんと珍道中を楽しみ楽しみたかったから」「DeNAで山ほど失敗して学んだ新規事業企画のコツはないというコツ」「DeNAを辞めて起業するとは思っていなかったのに、なぜ学習サービスQuipperをはじめたか」「よいエンジニアが見つかるまで起業しない〜Quipper出発はゼロからの仲間探し」「起業から2年半たち、Quipper学習プラットフォームが形になってきた」「DeNAとQuipperで学んだアントレプレナーにとって一番大切なこと」

クリエイティブな雰囲気満載のオフィスへの通勤路

NYCよりもロンドンの街のアートは結構sophisticated

最後に、自分のこのブログ(教育学部に留学した1年ちょっと前から書き始めたものですが)のサブタイトルにある「Design/Business/Education/Technology」と自分の今までの社会人経験の軌跡をざっくり自分勝手にマッピングしてみました。(※Designはビジュアルデザインといったデザインではなく、Design Thinkingという文脈で使われる、いわゆる「課題解決手法としてのデザイン」という広義の意味で使っています)対立する軸につかっているBusinessとDesignまたはEducationとTechnologyは将来もっともっと「共創関係」を構築していくことが必要なエリアだと思うのですが、今まで伝統的には遠いところに存在していた、という意味でこういうふうな軸の使い方をしています。これを作りながら組織のサイズが小さければ小さいほど守備範囲を広く求められるのかも、とも感じました。


DesignはVisual designとかではなく、
どちらかというとDesign Thinkingの
意味での「課題解決をデザインする」といったかんじ。

以前書いた「T字型人材」としての縦棒の深みはなかなかストレートには身につきませんが(横棒ばかり、苦笑)、新しいチャレンジも楽しく元気に感謝の気持ちを忘れずに取り組んでいきたいと思っています。どうぞ温かい目で見守っていてください。

この会社との出会いや1週間滞在して見えて来たもの、ITを活用した「教育サービス」をビジネスとしてやることについて自分が考えていることなどは色々書きたいのですが、また、別途それらについて書いていきたいと思います。あ、ちなみにこのブログは引き続き私個人の発信物として位置づけていくつもりです。どっかにDisclaimer書いたほうがいいかもですね。

関連:Quipper at UNESCO Mobile Learning Week 2014


続き(2014年3月付き)社員として働きはじめて 
※Quipperをプロボノにシフトし、Acumenの社員として3月から働き始めています


関連する過去エントリ-:会社のimpression maker/コンサル/働く場所
関連する過去エントリ-:xDesign - デザインと世界が交わるとき
関連する過去エントリ-:「正しい答」は自分の中に
関連する過去エントリ-:新しく何かを創るということ
関連する過去エントリ-:伸びたT字型の横棒ーCenter on the Developing Childという研究所(の前半部分)

コメント

  1. 横棒、結構じゃないですか!(笑)。私には、瓶のラベルは変われども、その中身にはなにか一貫した芯のようなものを感じます。「芯を持ちつつ横棒」に関して私がちょっと思うのは、アマースト大の卒業生にいわゆる「天才」と言われる人が多いのも、リベラルアーツ・カレッジの横棒的な強みなんだと思います。私なんかはもっといい加減で「え、なんで、そんな脈絡ない・・・」と聞かれるクチですが、いずれなんとかつながるのかもと思いつつ、まあつながらなくてもいいかとも思っています(笑)。あと、なぜでしょうか、読んでるうちに涙が・・・(笑)。最後に、かけがえのない経験でありますように!

    返信削除
    返信
    1. さ、佐々木さん。8月はゆっくりお会いできなかったですが、近いうちにお会いしたいと思います。「涙」はおそらく「妹が大きくなる(なろうとしている)のを見ている兄」的な感じですね♩いつも色々と教えていただき、想っていただき、とても感謝しています!

      削除

コメントを投稿